Reviews


ブラームス/ピアノ作品集-1
(レコード芸術2019年12月号より)


(濱田滋郎 推薦)
ピアノのファンならばおそらく皆ご存知のように、上野真は、いわゆる古銘器をいろいろと探し当て、それらによって、古典派から前〜後期ロマン派に至る主要なピアノ曲の数々を、納得のゆく演奏様式のもとにCD録音して紹介するという、貴重な仕事を続けてきた“実力派”の名手である。その彼が、このたびはブラームス作品を集めたアルバムを披露する。まずは若き日のブラームスがシューマンから推挙を受けるきっかけとなったソナタ第1番、次いでは、その筆致の高雅さを保ったまま、大いに親しめる楽興のありかたを示した〈ワルツ集〉作品39(全16曲)、そして晩年に至り、渋く内面的な筆致のうちに、味わい尽きぬ「心のあれこれ」を描き出してみせた〈3つの間奏曲〉作品117、〈6つのピアノ小品〉作品118。使用ピアノはソナタおよび〈ワルツ集〉が1846年製のJ.B.シュトライヒャー、晩年の2作が1903年製のベーゼンドルファー。いずれも、ブラームスがこれらの作品を書いた当時の趣きを彷彿とさせて味わいが尽きず、古銘器にこもるものの豊かさを堪能させてくれる。それも上野真が弾奏に当たっていればこそであると、逐一、しみじみ感得させられる。陰影ふかく、いちいち楽曲の機微に触れた奏楽は、モダン・ピアノの“完璧さ”“雄弁さ”に慣れた私たちの耳と心を、奥深いところまで洗い直してくれる。価値高い仕事を重ね、私たちを啓発し続けてくれるピアニストに感謝と賛美を。

(那須田務 準)
リストの《超絶技巧練習曲集》でCDデビューした上野真がいつの間にか、歴史ピアノを弾く人になってしまった。こちらはオール・ブラームス・プロ。ベートーヴェンと親しかったナネッテ・シュトライヒャーの息子ヨハン・バプティスト・シュトライヒャー作(1846年製)で若い頃のソナタ第1番と《ワルツ集》作品39を、ベーゼンドルファー(1903年製)で晩年の作品117と118を弾いている。実際ブラームスは晩年に少し後の時代の前者を持っていたから楽器の選択は理想的だ。ちなみにシュトライヒャーはアングロ・ジャーマン・アクション(打鍵機構)。鍵盤に直接乗ったハンマーを跳ねあげるウィーン式は、強打の際の強い瞬発力と軽やかさが持ち味だったが、ハンマーの先が大きくなるにつれてタッチが重くなった。そこでイギリス式とウィーン式の機構を合わせることで前者の力強さと軽いタッチを可能にしたのがこのアクションでソナタにふさわしい。音域による音色の違いも19世紀の楽器の魅力だ。ソナタは速めのテンポ設定による力強く意志的な演奏で《ワルツ》も洒脱でカラフル。平行弦だそうだが、繊細なニュアンスやテクスチュアの透明度はもう一つ。一方晩年の小品を弾くベーゼンドルファーはウィーン式アクションで交差弦。後期ロマン派特有の重たく暗い響きに独特な香りが漂う。上野の楽器にふさわしいテンポ設定と味わい深いフレージングで、作曲家晩年の諦念に満ちた名品の等身大の魅力が味わえる。

[録音評]
録音の行われた三重県総合文化センターのホールは、2000近い席数を持つ大ホールで、とてもよい響きを持ったところ。フォルテピアノであるから現代ピアノほどの音量はなく、会場のキャパシティも要らないのだが、演奏者の強いタッチを損なわないためにはよい場所のようだ。繊細さより独特のダイナミズムを伝える録音。ふたつの楽器もそれぞれよく特徴が出ている。
(峰尾昌男)