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レコード芸術特選版 上野真/月の光-1927年製エラールの響き
(レコード芸術2017年12月号より)


(濱田慈郎 評)
京都芸大教授を務めるほか、名古屋音大、桐朋音大などでも教えている上野真は、いま50代初めの充実期にあり、CD録音の上でも、最も信頼すべきピアニストの1人と呼んで良いと思う。レコーディングにおける彼の大きな業績は、日本の各所にある19〜20世紀の歴史的ピアノに注目、それらを用いて、時代的にも芸術的にもそれらにふさわしい作曲家および作品を選び、ピアノおよび音楽作品の真価を世に伝えるという仕事を続けてきたことである。このたび届いてきた1枚では、京都の森田工房が所有する1927年製造のエラール・ピアノにより、これに全くふさわしいドビュッシー(《ベルガマスク組曲》《前奏曲集》第1巻)、ラヴェル(《水の戯れ》《ソナチネ》)の名作を披露している。上野自身が筆をとる、いつもながら読みごたえのある解題によれば、こんにちすでにヨーロッパでも珍しいものとなっているエラールの中でも、森田工房のこの楽器は高いレヴェルの修復が成され、きわめてコンディションの良い状態にあるもの、という。そのことは何よりも、当ディスクを一聴すれば判然とする。こうして聴くと、ドビュッシー、ラヴェルのどの曲も、『なんという傑作なのだろう』と、改めてしみじみ思わせられる。上野の演奏はきわめて的確にして明晰。あまりに正確すぎては余韻に欠けるのでは? との心配はご無用、言ってみるならこのピアニストは、『余韻までも明晰に弾き表す』術を識っているのだから。

(那須田務 評)
《ベルガマスク組曲》の1曲目からぱぁっと明るい艶やかな響きが聴こえて来る。これは普通のピアノではないと思ったら、1927年のエラール(M260)。90鍵のエキストラベース付きだそうだ。このヴィンテージ・ピアノで、歴史的な楽器の録音も積極的に行なっている上野真がドビュッシーやラヴェルを弾いている。ドビュッシーは自宅ではドイツ系の楽器も弾いていたようだが、エラールとプレイエルはやはり20世紀前半のフランスを代表するメーカーであることに変わりない。やはり匂いたつような当時のエラールで聴くドビュッシーやラヴェルには格別な魅力がある。修復やメンテナンスの良さを物語るのが、粒立ちの揃った軽いタッチと響きの透明度の高さ。《ベルガマスク組曲》の〈前奏曲〉もそうだが、パッセージが流れてしまわず、一粒一粒がきれいに際立つのはこの時代のピアノ。〈月の光〉も澄み切った空気感など格別な味わいがある。〈パスピエ〉のパッセージは隅々まで明確に示される。ラヴェルの〈水の戯れ〉や〈ソナチネ〉にも現代のピアノとは違った味わいが楽しめる。ドビュッシーの《前奏曲集》第1巻の各曲も楽器の響きとテンポが合致しているので、とても自然に聴こえる。やはり聴きどころはカラフルな音色。こういう楽器が現在に通じるフランスのピアニズムを生み出したのだろうと思うと感慨深い。晩年のチッコリーニもこのような音色のパレットをイメージの源泉にしていたのだ。今月の筆者のベスト1。

(峰尾昌男《録音評》)
聞き慣れているスタインウェイやヤマハ、あるいはフォルテピアノとも違う独特のやや丸さを持った音色がとても良く出ているように感じられるが、残念ながらオリジナルを聞いたことがないので、正確な判断はできない。しかし音の捉え方 残響とのバランスや楽器の距離感はとても良く、楽器の本質が正確に捉えられているであろうと想像できる。