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ショパン:エチュード全集
(レコード芸術2021/3月号/特選盤)


京都芸大教授であり、国際的なキャリアも持つピアニスト、上野真は、CD録音の上では、もっぱら19世紀から20世紀初頭にわたる”歴史的ピアノ”を訪ね、それらの上にふさわしい史上の名曲を聴かせることに力を注いできた。ところが、当アルバムに用いているのは、現代の、それも最も現代的なピアノと呼んでいいファツィオリ、そのF308型である。これは、楽曲がショパンの《練習曲集》両巻であることから、おのずと導き出されたもののようだ(詳しくは、演奏者自身による行き届いた解題を一読されると良い)。ーそして結果は、紛うかたのない成功作、おそらく上野にとっても”快心の作”であろう見事なアルバムの誕生である。ショパンの《練習曲》の素晴らしさと言えば、どんなにメカニカルな.....つまり高度な技術をまず追求した楽曲に見えようとも、そこに”ピアノの詩人”の真骨頂、つねに変わらない抒情美、詩的想念の流露が添えられていることだろう。上野の演奏は、そうした詩的要素をごく自然にかもし出せるこのファツィオリF308によって、言わば大船に乗ったように、”ショパンを弾く喜び”を謳歌できているように思う。とにかく、これを聴きながら私は、自分がいかにショパンに魅せられた聴きてであるかを、改めて思い知ったと言える。なお、両《練習曲》のあとに《3つの新しい練習曲》が添えられたことも心嬉しく、上野真に対する敬意は、私の内で一段と高まった。
(濱田滋郎)

上野真がファツィオリF308でショパンの《練習曲》全曲を録音した。上野がショパンの時代のピアノを選択しなかったのは、全曲録音のセッションには負担がかかるものだと想像したからだという(実際当時の楽器は華奢だ)。また、この楽器は19世紀中頃のプレイエルに近い感じがするという。すなわちややドライな音の感覚や強弱の対象が出過ぎないこと、狭いダイナミズムの中でのニュアンスの味わいなどであり、大いに共感できる。上野は自身の演奏のコンセプトについても述べている。たとえば、ショパンは大ホールではなく小さな空間での演奏の方に音楽の本質が聴けると考えていたという件は、エーデルディンゲルの著作でも紹介されていることでもあり大いに納得できる。ショパンは大袈裟な表現を嫌ったのだ。使用楽譜はエキエル版をベースに19世紀のエディションや手稿譜からも情報を得たという。いずれにせよ、作曲家の意向に寄り添った解釈である事は、この録音から十分に伝わってくる。、デュナーミクの振幅や曲によるテンポや静動、緩急の対照はあまりつけずに細部のニュアンスを聴かせる。作品10と25を大きな塊として捉えているのでさらさら流れていくように感じられる。もっとアゴーギクをつけても良いと思うくらい。でも作品25は後半に向かって表現の密度が濃くなるなど劇的構成が考慮されている。第7番は聴きどころの1つだし第10番や〈大洋〉は重厚そのものでこのピアノの特質が生かされている。
(那須田務)