Reviews


巡礼の年 第2年「イタリア」&「補遺 ヴェネツィアとナポリ」
(レコード芸術2014年12月号/特選盤)


推薦
上野真がこれまでに発表したCDは、ほとんど例外なく、それぞれの存在理由をはっきりと主張できるものであってきた。このたびの新譜もまた、疑いなくその系列を継ぐものである。第1のポイントは、「フォルテピアノ」の範囲に入ると言ってよい1852年ロンドン製のエラールを用いていること。エラール社の創始者セバスチャン・ エラールは、1789年フランス革命に際して会社を破壊されロンドンに難を逃れるが、却ってこれが幸いした。イギリスで独自の発展を遂げていたグランド・ピアノの製作技術を彼は学び取り、1796年以降、あらたにロンドンで製作工場を開くようになったのである。以降、1890年にロンドン工場を閉鎖するまで、‘’フランスの銘ピアノ‘’たるエラールは、イギリスにおいても優れた成果を生み出しつづけた。そうした英国製エラールをオリジナルの姿のままこんにち見つけ出すことは至難だが、研究家、山本宣夫氏はたまたまそれを入手し、それがここに上野真により弾かれ、録音される手筈となった。上野はこのピアノにふさわしい曲目としてリストの「巡礼の年第2年《イタリア》」と、その補遺《ヴェネツィアとナポリ》を選んだ。〈ペトラルカのソネット〉三幅対のように甘美な余韻をはらむ楽曲、〈ダンテを読んで〉のように、深刻さにも及ぶスケール感豊かな楽曲、いずれもが、清澄感に優れる平行弦ピアノの音調のもと、ふさわしい感興と格調のもとに表現されていくのは、耳と心の喜びだ。
(濱田滋郎)

推薦
上野真はリストの《超絶技巧練習曲》全曲のディスクでその超絶技巧振りを印象づけたが、その後フォルテピアノに取り組み、エラール(1852年製)によるショパンのソナタ集などのディスクをリリースしている。今回はそれと同じエラールによるリスト。「巡礼の年第2年〈イタリア〉」全曲と第2年への補遺《ヴェネツィアとナポリ》を収録。エラールは弱音による早い連打を可能にするダブル・エスケープメント装置を開発したことで知られるが、この楽器もそれを搭載している。この録音を聞く限り、もっと鳴ると思うし、こうしたオリジナルの楽器によくあることだが、調律がもっと改善されるといい。それでも軽やかなタッチと透明度の高いテクスチャー、音域によって異なるカラフルな音色やエラール独自の華やかな艶と香りといった楽器の魅力はよく出ている。それによって現代のピアノによるものとは全く違う演奏になった。使い古された比喩だが、修復された絵画のような変貌振りである。〈婚礼〉はリストが霊感を得たというラファエロの原画の色彩を彷仏とさせるし、ミケランジェロのイメージに通じる〈物思いに沈む人〉も同様だ。それでこそ、イタリア・ルネサンスの芸術の精神と香気をリストの音楽に添えることができる。「補遺」のロッシーニの歌劇のアリアをもとにした〈カンツォーネ〉然り。白眉は〈タランテラ〉。楽器の性能が上野の名人芸と相俟って鮮烈なまでの効果が生まれている。
(那須田務)

[録音評]
1850年代のエラールのフォルテピアノが使用されているが、ピアノ自体の実音とホールの響きのバランスが実にデリケートですばらしい。フォルテピアノを使っている必然性や、この楽器でなければ表現できないイメージが演奏のよさとともに録音として伝わってくる。基本的に音の背景が静かで、空間自体にのびやかな印象があるのも心地いい。
(鈴木裕)