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ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番(1913年オリジナル版) / ドビュッシー:前奏曲集第2巻
(レコード芸術2013年7月号/特選盤)
かねがね幾枚か、クォリティーの高いレコーディングを発表して浅からぬ印象をとどめるピアニスト、上野真が、また1点、注目すべきアルバムを発表した。ドビュッシーとラフマニノフ、ほぼ同時代を生きたものの、作風の相違からあまり並べては扱われない2人の作曲家だが、当ディスクは、ひとつの着眼点から2人を結びつけている。まず聴かれるピアノ・ソナタ第2番だが、ここに演奏されるのは一般に耳にすることの多い1936年刊の第2版ではなく、1913年作のオリジナル版。そして、次に聴く《前奏曲集》第2巻をドビュッシーがまとめたのも同じ1913年。すなわちどちらの作品も、今年からちょうど100年前に生み出されている。その時代の色調をさらに強めようとしてか、上野真は1925年製のニューヨーク・スタインウェイを用いてここに両曲を録音した。ヴィンテージ・ピアノ固有の魅力は、たしかに、同じ年に書かれた2つの楽曲の真価を、ふさわしい色合いのもとに伝えてくれるのだ。ちなみにラフマニノフのピアノソナタ第2番は、往年のホロヴィッツや、つい先般のルガンスキーのように、初稿と改訂稿を折衷した形の編譜により演奏される例もあるが、上野は完全にオリジナル譜に従っており、このことも珍しい。特筆すべきは、上野のように豊かなパッションを込めて弾くとき、ラフマニノフ自身が判断したようにこの初稿が ‘’冗長,, だとは思われないこと。ドビュッシーもまた、豊かなニュアンスを湛えた秀演である。
(濱田滋郎)
上野真は優れた技術と音楽性に裏打ちされていると同時に、際立った個性を持ち、音楽に対して真摯な、気骨のあるピアニストである。そんな上野の最新盤はラフマニノフとドビュッシー。この二人を組わせる発想はなかなか思いつかない。それを上野は、「1913年、チャイコフスキー、ローマ」の3つの言葉をキーワードとして、見事に結び付けている。使用ピアノは1925製ニューヨーク・スタインウェイ(日本ピアノサービス所蔵)。まず、ラフマニノフの第2番のソナタは1913年のオリジナル版。冗漫で煩雑だということで、120小節ほど削られたのが改訂版。今日ではその改訂版の方が一般によく弾かれるが、あまりにも簡略化されてつまらないと言う意見もあって、中には初稿(アシュケナージ)や両者の折衷版(ホロビッツ)を用いる人もいる。上野は強靭なタッチ、新鮮な気概と生き生きとした情感に溢れた演奏で初稿の冗漫さは全く感じられず、協奏曲のような大きなスケール感とともに全楽章を弾き切っている。相当にダイナミックな打鍵なのに響きが重くならないのは、このピアノだからだろう。とりわけ瞬発力のある打鍵(なかでも低音)が師ボレットのそれを想起させる。こうしたことはドビュッシーの《前奏曲集》第2巻にも言える。この頃の交差弦のピアノは現代のそれよりも濁りが少なく、ほどよい響きの透明度が保たれているし、掘りの深い富んだ表現で〈ヴィーノの門〉など時にかなり劇的な様相を帯びる。
(那須田務)
[録音評]音域が広く、ダイナミック・レンジにも余裕を感じさせる優れたピアノ録音である。ffでも高音域の音色が荒れず、低音の質感が破綻しない。適度な距離感と柔らかい質感の残響に包まれ、落ち着いた響きを作り出している。製作から100年近い時を経たニューヨーク・スタインウェイの楽器だが、鳴りっぷりのよさと深みのある音色が両立していることに感心した。
(山之内正)