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リスト:超絶技巧練習曲(全曲)
ショパン(リスト編):私の愛しき人
シューベルト(リスト編):水車職人と小川
(レコード芸術2004年7月号/準特選盤)


上野真は1966年生まれ。16歳で渡米し、カーティス音楽院においてG・グラフマン、故ホルヘ・ボレットに師事したという。その後ザルツブルクにも学び、88年度ジュネーブ国際音楽コンクール・ピアノ部門に第3位を得ている。92年に帰国、リサイタル活動やオーケストラとの共演を続けてきた。言うまでもなく「ヴィルトゥオーゾ性の証明」であるリスト《超絶技巧練習曲全曲》全編に取り組んだ当CDの演奏は闊達にして流麗なもので、精確にすっきりと弾き上げた腕前のほどは、どこへ出しても恥じないものがある。名技性と言ってもそれは大時代的な見てくれの華麗さとはすでにかけ離れたもので、どこまでも緻密に楽譜を再現しており、粉飾なく作曲家リストの姿を洗い出していると評し得る。もっと大きく、豊かに表情をつけていく方がリストらしい、彼とてロマン派時代の申し子なのだから……と唱える聴き手も、あるいはあるだろう。だが、上野真のリスト演奏は、理知的でこそあれ、決して乾燥してはいないし、冷徹に過ぎることもない。例えば〈風景〉(第3番)や〈夕べの調べ〉(第11番)のような曲では、そこはかとなく香るような詩情もただよう。アンコールのようにしてショパンとシューベルトの歌曲をリストが編曲したものを末尾に弾いているが、その歌いくちを聴くにつけ、ロマン派の抒情的レパートリーも充分聞かせる人なのでは?と感じた。なお、上野真は当CDブクレットにみずから解題を執筆しているが、なかなか示唆に富んで、おもしろく読めることを一筆しておきたい。
  (濱田滋郎)

《超絶技巧練習曲集》の〈前奏曲〉から耳を奪われる。ブリリアントでいささかの淀みもなく、続く第2曲でも旺盛なエネルギーとスケールの大きな流麗なパッセージは邦人ピアニストにありがちな湿り気と曖昧さがない。第3曲〈風景〉のように静かで叙情的な作品にも、パッションと壮大なロマンティシズムが香る。なによりもニューヨーク・スタインウェイの音色がいい。ライナー・ノーツでピアニスト自身が楽器について愛着を込めて語っているように、確かに耳慣れたハンブルク・スタインウェイの響きではない。明るく華やかで、艶やかな香気が漂う。音域によって音色が違うところや明るくて掠れ気味な高音域は、フォルテピアノやロマンティック・ピアノ(19世紀後半から20世紀のピアノ)によく似ている。ヴィルトゥオジティと香気漂う音色と歌い回しはかつてのグランドマナーに通じるところがあり、上野がカーティス音楽院でボレットに師事したというのも頷ける。リスト、例えば《超絶技巧》のような作品においては、ヴィルトゥオジティと音楽の内容は不可分であり、ボレットのそれもそこが魅力だったが、それはこの演奏にもあてはまる。〈マゼッパ〉や〈鬼火〉はその最たるもので、華麗にして豪放。パッセージ全体に生き生きとした表情があり、痛快極まりない。デュナーミクの振幅も大きく、表現の陰影が濃く、ピアニッシモも入念に磨かれていて、叙情的な箇所では、甘やかな音が美しい。なかなかの実力者である。今度は古典派やドイツ・ロマンティック、たとえばシューマンやメンデルスゾーン、ブラームスを聴いてみたい。
(那須田務)

【録音評】ステレオ感、広がり感にやや誇張があるようだ。逆相と言うほどの極端なものではなく、複数のマイクロフォンによる相違的な悪戯か、反射音成分の混入であろうか、音が少々左右に飛び交うようだ。全体の音色は軽くさわやかだが、厚み感や張り出し感が薄いようだ。大阪、イシハラホールでの録音。
(石田善之)