Writings


「上野 真 ピアニストへの質問」
(ピアノの本2000年9月号)


Q.ピアニストとして、今一番力を入れていらっしゃるのはどんなことですか?

A.ピアニズムの更なる洗練。音楽家として、作曲家の思考、心により近づくこと。欠点の克服、などです。

Q.後進の指導を通して、どのようなことを感じていらっしゃいますか?

A.音楽には、教えることができることとできないことがあります。教えることは多くのエネルギーを必要としますが、僕が少しでも伝えたいと思うのは、様々なアプローチ、価値観がある中から最も美しいと思えるものを選択できる感覚、審美眼を育ててほしいということ。そして、将来彼らが子供や学生を教える際に、やはり少しでもそれを伝えていってほしい、これが理想です。

Q.長く海外で生活し音楽を学んだことから受けた影響はどのようなものですか?

A.まず、一番深い影響については、言葉では言えないし、無意識的なものであると思います。他には、少なくとも米国や西ヨーロッパについては外国だと思えなくなったこと。西洋の歴史を自然に勉強できたこと。「個人である」という意識を早くから持てたこと。様々な国のホール、ピアノ、聴衆や人々のいろいろな性格を知ることができたこと。また、日本を客観的に見ることができたこと、でしょうか。

Q.ピアニストになるための条件には、どんなことがあると思われますか?

A.第一に資質、才能、努力、環境。第二に運と健康でしょう。

Q.演奏を通して伝えたいのはどんなメッセージですか?

A.音楽には、直接的なメッセージ性が強いものとそうでないものがあります。つまり、クラシックの音楽作品には、近づきやすくて素晴らしいものと、反対に近づきにくく、理解するための深い知識や教養を必要とするものがあります。もちろんどちらも素晴らしいわけです。どんな作品であっても、個々の作品の持つポエジー、美感、作品の永遠性がイメージとして伝わるといいと思います。

Q.日本の音楽界の未来はどうなる(どうなってほしい)と思いますか?

A.テクノロジーやメディアの発達によって、以前よりも多様なものをいろいろな方法で楽しむことができるようになったのは素晴らしいことだと思います。ですが、同時に、「新しいこと」、「刺激」それだけを大事に考えている演奏、あるいは企画が多くなってくると残念です。

Q.今までに聴いた演奏会で一番印象的だったのは?

A.最高のピアニストたちのコンサートはもちろんですが、ピアノ以外で印象に残っているのは、子供の頃に札幌で観た、スウィトナー指揮ベルリン国立歌劇場のコシ・ファン・トゥッテ、フィラデルフィアで聴いたメニューインのソロ・リサイタル、あとウィーンでのクライバー指揮ウィーンフィルのコンサート等です。

Q.練習はお好きですか?練習をしているときはどんなことを考えていますか?

A.1年後、2年後に演奏するために、楽譜を読んでいろいろ考えている時間は非常に楽しいです。コンサート直前など、時間に追われながらの練習になってくるとさすがに好きとは言えませんが......。

Q.日本人であることは、演奏に影響しますか?

A.これは、ピアニストに限らずあらゆる芸術家、人各々が背負っている、良くも悪くもその人の存在自体から切り離すことのできない事柄です。しかし、実際にはナショナリティーよりも個人の背景、センス、思考、能力のほうが重要であると思われます。

Q.今後の予定について。

A.余りちゃんとメディアに載っていませんが、一応アクティヴに活動しています。今シーズンは、ベートーヴェン、バルトーク、ショパン、ラフマニノフ等を演奏予定で、特にバルトークには精神の強さを感じており気に入っています。11月にはアンサンブル金沢と京都でモーツァルトの協奏曲(25番)を演奏しますし、12月には盛岡のサロンにて、カーティス音楽院時代からの友人とデュオ・リサイタルでベートーヴェン、フォーレのソナタ等のプログラムを予定しています。彼は現在アメリカを中心に、またヨーロッパでも活躍している香港生まれの中国系アメリカ人です。70年代にパールマンが弾いていたストラッドを持っていて、それこそパールマンに優るとも劣らない素晴らしいサウンドを出し、リズム感、音楽的センスも抜群で....。今からとても楽しみなのですが、本当に、彼のような弾き手の演奏は、もっともっといろいろな機会で、たくさんの人々に聴いてもらえるようになってほしいと思います。