Writings


社)岩手県ピアノ音楽協会会報 第142号インタビュー
(2005年12月26日発行)


上野真先生にご質問致します。


Q1.盛岡での演奏会を終えての感想や、印象をお聞かせ下さい。

 岩手は、もう30数年前になりますが、北海道から家族旅行で来た事があるということの他にも、曽祖父、曾祖母がこちらの出身だったこと、家内の生まれが岩手であること、ヨーロッパから帰国して数年間盛岡を起点にして活動していたことなど、色々な想いがある場所です。  北海道より歴史を感じさせつつ、東京以西に比べ、空気が軽く、時間の流れ方もヨーロッパに近いと思っていました。東京に行くのにもとても便利で、なおかつ東京のカオスやアノニムな感覚、それ自体は決して嫌いではないのですが・・・から離れられる場所だと思っていました。自然が美しく、ストーリーにも事欠かないところです。
 それに、昔からとてもユニークな芸術家や才能ある人材を、多数出しているところですよね。そうさせる何かが、ここにはあると思っています。


Q2.各地で演奏会を開催する事が多いと思われますが、どんなに大曲を演奏なさっても、決してスタミナ切れを起こさずに、聴衆を虜にしてしまうエネルギーの源は何ですか

 決してスタミナ切れを起こさないか、聴衆を虜にするかどうかは分かりませんが、僕の場合のエネルギーの源は向上心だと思います。言葉を変えると、欲です。自分は欲張り、欲深いといつも思います。昨日よりは今日、とまでは言いませんが、今年よりは来年にはもっと上手くなりたい。特に3年くらい経つと少し違ってくるかなと思っています。以前弾けなかったものが今は少し弾ける様になっている、という風でありたい。ピアノはレパートリーも多く、勉強を続けてもきりがない。多分、だから面白いのだと思います。曲も素晴らしいものがたくさんあるし・・・・。
 もし本当に冷静になって、自分を見つめてしまったら、能力が足りない、才能も本来あるべき程は無い、というわけで当の昔にピアノを止めてしまっているかもしれないのですが・・・・僕の欲はそれ以上に強い、といったらよいかもしれません。冷静になって見える現実には目をつぶって、好きなことをするのです。歩き続けるのです。それだけです。


Q3.演奏をなさる場合に最も大切な事は、普段の自己管理だと思いますが、特に自己管理で気をつけておられる事がありましたら是非お伺い致したいと思います。

 ピアノは比較的簡単に音が出せる楽器かと思いますが、多声部(ポリフォニック)な楽器ということで、その後が難しい。ある程度マスターするのには大変な時間がかかります。指揮者のような知識の蓄積、作曲家的な思考と同時に、スポーツ選手やバレーダンサーのように、自分の肉体を良い状態に保たなければなりません。それにピアニストほど聴衆から「暗記」を強要される音楽家はいません。これは音楽の聴き方が変わるに従って、今後は段々に変わっていくと思いますが・・・・その意味では19世紀以前に戻ると良いな、と思います。
 自分が出来るのは、食べ物に気をつけること、少しは運動をすること、出来るだけ睡眠をとること位ですね。他は成り行き次第としか言いようがありません。


Q4.最後に、先日公開レッスンをとても丁寧にわかりやすく行って頂きましたが、それをふまえて私達がピアノを教えていく上で、最も心がけなければならない事は何でしょうか。

 良い音楽とそうでないもの、これは作品自体と演奏という部分がありますが、その違いを感情の面のみではなく、分析的に価値判断できること、でしょうか。
 良い音楽、演奏はどのように成り立っているのか、を考えること。また対象に強い興味を持つということ。大学に入ってくる多くの学生でさえ、どのようにしたら、「自然に音楽になる」というノゥハゥがありません。指を動かしていれば、おおむねイン・テンポで弾いていれば、楽譜のサイン通りに弾いていれば、そのうち解決すると思っている。良い音楽を聴いていれば、そんなことはありえない、ということが分かります。ある程度以上のピアニスト達は、それぞれが固有のスタイルを持っています。そのスタイルと、作品のスタイルとの関係を考えてみること。
 クラシック音楽は、ある特定の文化圏の、特定の時代の音楽でした(です)が、長い間に淘汰された結果、大きな価値を持っている作品が多いと思います。それは色々な角度からの「鑑賞」に耐えるということで、それを味わえる感性を子供の頃から培うことが出来たら素晴らしいと思います。
 当然皆がピアニストになるわけはありません。小さな子供は、小さな子供なりの感受性があると思いますが、先生が、短い綺麗な曲を、(楽譜を読みながらでよいので)美しく弾いてあげる、というのが理想でしょう。もちろん親が音楽好きなのが、環境としての前提条件ですが。バッハの優しい曲、モーツァルトのソナタ、ショパンのワルツ、マズルカ、ノクターン、シューマン、チャイコフスキー、プロコフィエフの小品、またはブルグミューラーなどを、先生が普段のレッスンで弾いてあげたら、子供たちは喜ぶと思いますよ。