Writings
今月のプレトーク 上野真リサイタル
(ムジカノーヴァ2004年10月号より)
☆素晴らしい楽器との出会いがおもしろい企画となりました
この5月にリストの《超絶技巧練習曲集》とトランスクリプション作品を入れたアルバムを発表。ニューヨークスタインウェイとの出会いが録音のきっかけだったとか。
「まずリスト作品が頭にあって、それを弾くのにふさわしい楽器と出会った、ということなんです。楽器に対して神経質なタイプではないんですが、作品によって楽器を替えられたらいいなとも思う」
華やかな色彩感を持ちながらも豊かな音楽性を感じさせる演奏も好評だが、少しクセのある音色が、リストのロマンティシズムにぴったり。東京での久しぶりのリサイタルを含む今回の企画も、楽器との出会いから生まれたもの。
「僕はモダン・ピアノの演奏家だし、モダン・ピアノはやはりすばらしいと思う。だが、コントラスト重視の現代の演奏が、ピアノ本来の姿ではなかったんじゃないかとも思うんです。そこで原点に戻って
」
ベートーベンが愛した1820年製のマテーウス・シュタイン、ショパンが愛した1846年製のイグナーツ・プレイエル。どちらもヤマモト・コレクション所蔵のフォルテピアノだ。
「古いピアノは昔から好きで、博物館や楽器店などで触れる機会もたくさんありました。そんな中で『山本』という人がすばらしいコレクションを持っていると聞いていました。縁あって演奏会用に貸していただけることになり、自分でも驚いています。オリジナルな状態を保つのが山本さんのポリシーなので、本当に当時のままの音色がしている。またベートーベンとショパンはピアニストのレパートリーの中核をなすもの。シュタインの鍵盤は6オクターヴで、《テレーゼ》と《告別》を弾くのにぴったりで、ペダリングも楽譜通りにできる。プレイエルでも同様に、ショパンの要求しているテクニックを自然に再現できるんです」
ただ、音色は限定されるし、音量の幅も狭いことは確かだ。
「さらに音もすぐに減衰してしまう。けれど、先ほど言ったように自然な表現ができるんです。音域によって変わる音色も実にうまく生かされて作曲されていることもわかるし、複雑な倍音構成が音色に深みを与えていることも事実。とてもインティメートな音楽を表現できるんですよ。楽器はあくまでも音楽を表現する手段ですから、これらの魅力ある楽器を目の前にする以前に、私自身が作品を深く理解していないと意味がないわけです」
特にベートーベンは、様々な研究書をひもといているところ。もちろんショパンもずっと関わり続けていく作曲家だ。
「確実なもののない現代にあって、ベートーベンの理想主義はそぐわないかもしれない。でも、だからこそ現代にあって面白いのだとも思う。ショパンはもっと個人的なレベルで離れがたい魅力がありますね」